大人になってから辞書なんか久しく引いていない。
ふとそう思ったのがある冬の寒い日だった。
久しぶりの降雪で町の人々は騒然としていた。
『ターニングポイント』
「転機、変わり目、分岐点。 人生における重大な転換期。」
昔の記憶が鮮明に頭の中をよぎる。
飲みかけのコーヒーを机に置いて、昔の思い出を辿ろうと思う。
「人生における重大な転換期」
大げさすぎ。大してそこまでまだ人生を生きてない。
そう思っていた高校2年の夏。
蝉の声が体育館の隅々まで響き渡っていた蒸し暑い日に、僕は学校にいた。
学校主催のよくある進路説明会的なものに嫌々参加していた。
卒業生であろう男の人が壇上でここぞとばかりに自分の進路や経験談について語っていた。
「また始まったよ。だるー。バックレようぜ」
体育館の外の木々を眺め、通り過ぎていくとんぼの数を数えていると、
周りからの悪魔のささやきが聞こえてきた。
悪い自分が顔を覗かせたが、その日は何故か、上の空ではあったが壇上の人の話を聞いていた。
『やりたいことがなかったらゆっくり見つけていけばいい。』
よくあるベタなセリフが体育館に鳴り響いた。
その言葉で僕はふと我に返った。
近所のお兄ちゃんがアメリカ留学に行った時の話や、
すらすら英語を喋れるようになっていたのを身近に見ていたせいか、
将来、『外国語が喋れる人になりたい』
といつしか漠然と思うようになっていた。
その言葉に特に感化されたわけではなかったが、いつもの帰り道が別の道に感じた。
急な夕立が帰りの田んぼ道を遮ったが、いつもよりも駆け足で家路を急いだ。
サッカー部では、毎朝朝練、午後練、週末は試合があり毎日クタクタだった。
その日はたまたま午後練がなく、学校終わりに友人とカラオケに行こうとしたところ、
担任の吉田先生に呼ばれ家庭科実習室に足を運んだ。
「....またなんかやらかしたっけ?」
と思いながら、重たい脚を引きづりながら先生に付いていく。
「やりたいことは決まった?進路はどうするの?」と先生が言った。
ぶっきらぼうに、「まだ決まってません。」
と答えるしかなかったが、先生の口から思いがけない言葉が返ってくる。
「先生は外国語を喋れる人に憧れていたのよ。特にスペイン語を喋れる人にね。」
そのあと先生が大好きなスペインについて、いろんな話をしてくれた。
昔に留学していたこと、スペイン料理が美味しいこと、街並みがきれいなこと、人が陽気なこと。
そしてスペイン語の美しさや、これからの将来もっと成長していく言語だということも。
その言葉で外国語は英語以外にもあったんだと自覚した。
英語の成績はというと中の下。いや下の上か。
外国語=英語 This is a pen の世界でずっと生きていたが、
先生の何気ない言葉で、自分の世界がガラッと変わった瞬間だった。
その日の部活中もそのことばかりで頭がいっぱいになるほどの衝撃だった。
『ターニングポイント』- 人生における重要な転換期 -
これが自分のスペイン語との最初の出会い。
もしあそこで、あのタイミングで先生がスペインの話をしてくれなかったら、
この先の人生の中で、スペイン、スペイン語になんて全く興味を持たなかったと思うし、
今スペインにはいないと思う。
何気ないことだけど、自分にとっては世界が変わった瞬間。
いつか先生に、あの瞬間が人生における重大な転換期だった、
あのおかげで今があります。
とお礼を言いに行きたい。
人生これからも何が起こるかわからない。
何気ない瞬間が自分の人生を変える瞬間になるかもしれない。
普通の世間話が自分の人生の転換期になった。
キラキラした生活ではなくても、普通の生活の中に「きっかけ」は溢れてる。
そんな小さなきっかけを逃さないように、一瞬一瞬を大事にしていきたい。
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